海外生活序盤は、買い物でさえ心が折れる
地獄のような初日の授業を終え、私はすっかり自信を失っていました。
(もともと自信なんてなかったのですが、それがさらに無くなりました。)
体もクタクタで、時差ぼけもあり、寮の部屋へ戻るとすぐにベッドで寝てしまいました。
数時間後に目が覚め、
「このまま部屋にいたい……」
とかなり悩みましたが、生活に必要なものが何も揃っていなかったため、近くのスーパーへ買い物に行くことにしました。
それまで日本では田舎町に住んでいたので、移動は基本的に車でした。
しかし当然、イギリスでは車なんて持っていません。
30分かけて歩いてスーパーへ向かいました。
ちなみにこれは留学あるあるかもしれませんが、イギリスでは30〜40分の徒歩移動が普通になります。
むしろ30分は短い方なんだと、後から知りました。
イギリスで最初に行ったスーパーは、留学生御用達の「Tesco(テスコ)」でした。
心も体もボロボロでしたが、何とかスーパーへ到着し、買い物を始めました。
ただ、当たり前ですが、全て英語表記。
何を買えばいいのか分からず、めちゃくちゃ時間がかかりました。
おそらく1時間近く店内にいたと思います。
最後の方は、
「よく分からないけど、たぶん使えそう」
という理由だけで商品をカゴに入れていました。
※この時は、後々その行動がアホみたいなミスにつながるとは知る由もありませんでした。
そして極めつけは、会計の時。
店員さんに言われた、
「Do you need a bag?」
が全く聞き取れませんでした。
ただでさえ授業で自信を失っていたのに、スーパーの会計ですら英語が聞き取れない。
ここでさらに心を折られました。
海外でできた初めての友人(救世主)
そんな感じで、最初の数日間は本当に辛かったのを覚えています。
しかし、そんな日々の中、突然“救世主”が現れます。
ある日の朝。
寮を出て、重い足取りで授業へ向かおうとしていた時、1人の学生と偶然出るタイミングが重なりました。
彼の名前はJamil(ジャミル)。
シリア出身で、私と同じPre-sessional Courseを受講している学生でした。
その時、彼の方から、
「同じ授業受けてるよね?」
みたいな感じで声をかけてくれました。
私は、
「Yes…」
くらいしか返せませんでしたが、彼はそこから何かと気にかけてくれるようになりました。
※おそらく、私の英語がかなり危ういことを察していたんだと思います(笑)
本来、留学では自分から行動しないと、なかなか友人はできません。
でも私は、本当に運良く、心優しい“救世主”に出会うことができました。
※なぜ救世主なのか、本当の意味は次回のブログで記載します。
それ以降、私はほとんどの時間を彼と過ごすようになりました。
寮も同じ棟だったため、授業の行き帰りはもちろん、予習や復習にも付き合ってくれました。
私は授業についていくのが本当に大変で、授業外でも何時間も予習・復習をする必要がありました。
それでも彼は、一度も嫌な顔をせず付き合ってくれました。
さらに、英語だけでなく生活面でもたくさん助けてもらいました。
「このコーヒーマシン使えるよ」
「ランチは食堂がいいよ」
「このメニューおすすめだよ」
そんな些細なことでも、当時の自分には本当にありがたかったです。
一緒に過ごす時間が増えるにつれ、自然と英語で会話する時間も増えていきました。
そして徐々に、授業の話だけではなく、お互いのプライベートについても話すようになっていきました。
話していく中で分かったことですが、私と彼には共通点がたくさんありました。
年齢も近く(当時Jamilは38歳)、お互い妻を母国に残して来ていたこと、そして仕事に疲れていたこと。
今振り返ると、そういった共通点を知る前から、どこか似た雰囲気を感じていたのかもしれません。
また、彼との出会いによって、新しい文化や価値観に触れる機会も増えました。
例えば、彼はイスラム教徒だったため、決まった時間に必ずお祈りをしていました。
また、「Ḥalāl(ハラール)」という、宗教上のルールに沿った食品しか食べられないという文化もありました。
日本では最近少しずつ知られるようになってきましたが、当時、大学ではハラールメニューが普通に用意されていました。
そして何より衝撃だったのは、
彼がシリア人でありながら、紛争の影響で母国に住めず、トルコで生活していたという事実でした。
当時、日本ではロシア・ウクライナ情勢が毎日のように報道されていました。
しかし実際には、日本ではほとんど報道されない紛争や問題が世界中に存在しています。
それを強く実感しました。
そして同時に、
「平和に暮らせることは当たり前ではない」
ということを、改めて痛感しました。
最後に
英語が全くできず、自信も失っていた当時の自分にとって、Jamilの存在は本当に大きな支えでした。
ただ、彼が“救世主”だった理由は、それだけではありません。
イギリス生活では、
・銀行口座の開設
・電車の定期購入
・家の契約や手続き
など、生活するために必要な場面でも英語が必要になります。
そして当時の私は、ちょっと複雑なそれらの英会話はまともに理解できませんでした。
もし彼のサポートがなければ、まともに生活できていなかったと思います。
次回は「Pre-sessional Course編③」。
なぜJamilが“救世主”だったのか、イギリス生活のリアルな苦労とともに書こうと思います。
イギリス留学や海外大学院、教員からのキャリアチェンジについてなど、もし気になることがあればお気軽にお問い合わせフォームよりご連絡ください。
実際に経験したからこそお伝えできることもあると思うので、少しでも参考になれば嬉しいです。
▼前回の記事はこちら
「高校教員を辞めてイギリス大学院へ|Pre sessional course 編①」
https://motokyouin.com/teacher-study-abroad-uk-first-day/
▼次回の記事はこちら
「Pre-sessional Course編③|銀行口座の開設」
https://motokyouin.com/pre-sessional-course-3-bank-account/


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